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語るべき日

にわPのことについて語らねばなるまい。
iSFで彼が上げた作品、子供リロードについては本ブログでも触れたものの、彼が連載していたノベマス「Starting over」についてはあえてこれまで語ってこなかった。
が、このタイミングで以ってその機会が訪れたので、語ることにする。







2009年、8月17日、その終わりの間近に、最終話アップロード。
私も、幸運にもIRCに逗留中で、その瞬間に居合わせた。
チームの皆で労いと歓迎と祝福を送る中、私は私なりの形で気持ちを示したつもりだったが、彼からしてみれば、少々無粋だったかもしれないと、夜が明けた今は思ったりする。

まあそれはともかく。
いつもの紹介の口調に戻しまして、Starting overという作品のレビューをしましょう。

Starting overは、元々にわPがSSとして書き上げた作品。
しかし、GBMにてルートを担当するまで動画制作の経験はなかったとのことで、以前はあくまでSSとしてのみ展開されていました。
しかし後々様々なバックアップも受けながら、動画化されることになります。
バックアップの最たるものは、GrayPによる改変素材の提供でしょう。
これがなければ、動画としてやや説得力の薄い、場合によっては前半の区切りまでで終了となってしまったかもしれません。
少なくとも当時、自分はグラフィック改変の必要性を、感じなくはないけれども必要かどうかまでは判じかねていました。
が、終わってみれば、やっぱり作中での変化を示すためには、必要だったのだろうなあと思うのです。

話の本筋としては、春香を主役に、そしてそれに次いで千早を取り上げ、「歌」について真正面から向かい合った作品と呼べるかと思います。
音楽に造詣の深くない私が多くを語るのも憚られるのですが、作中にヴォーカル曲を多用していることからも、その辺りが伺えるかと。

……あんまり細かいところ語りたくないなあ。やっぱり紹介する人には全部見て欲しいところだし。
前述したようにこのシリーズの主題は「歌」だと思うのですが。
事務がこの作品から感じ取ったのは、「変化」ですね。
みんなが変わって行く。
何もかもが変わって行く。
望む望まないに関わらず、変わらずにはいられない。
それに関しては、特に後半顕著になっています。
……ネタバレに関わることは極力避けたい作品なのですが、「わたしたちのうた」で千早が昔の765プロの記憶を幻視するシーンは、本当に泣きそうになりました。
ちょっとだけ、その部分の抜粋を。

涙が出そうなくらいに懐かしく、そして、もう二度と届かない光景。
私たちが、私たちとして始まった場所。
戻りたいってわけじゃない。
でも、決して忘れたくはない。
そんな、胸の中に大切に鍵をかけてしまってある風景。


過ぎ去った光景の残滓。
変わってしまった風景の幻影。
それを「思い出」として胸に仕舞い込める人は、きっとすごく強い人なんだろう。
私は、いつまでも思い出に浸っていたいし、可能ならばその頃に戻りたいし、それができないのならばいっそ忘れてしまえればいいのにといつも思います。
事務ならば、ここをシリーズ最高の1シーンとして推します。



Starting overについては色々語りたいこともあるのですが、私自身まだまだ視聴後の気持ちがまとめきれていませんし、とりあえずはここまで。
あとは、にわPと私について、ちょっと語っておきたい。

私がにわPをはっきり特定の一人として認識したのがいつだったかというと、その日時は覚えていないものの、その瞬間のことははっきりと覚えている。
事務がGBMのIRCに頻繁に顔を出すようになったのは、実は制作がかなり進んだ後半になってからで、それまではほんの数回、顔を出しただけだった。
元々人の名前を覚えるのは苦手で、実際に誰が誰か特定し理解するまでは割と時間がかかっていた。
なので、にわPと初遭遇したのもいつだったか、全く断言できなかったりする。
私がIRCによく顔を出すようになったのと、GBMの制作とアップロードが活発化したのはほぼ同時期で、つまり事務は割とギリギリのタイミングまでチーム内で交流を多く持っていなかった。
結局ほぼ半日で担当ルートのシナリオの本筋を書き上げ、IRCにいたメンバーに推敲してもらったわけだが。
そこで事務は、ぎょっとすることになった。
にわPに一点、シナリオについて質問を受けたのである。
単純にはそれだけのことなのだが(もしかしたらにわPは指摘したこと自体忘れているかもしれない)、事務としては冷や汗ものの事態だったのである。
かなり失礼なことを承知で告白するならば……正直な話、にわPが指摘した点については事務もシナリオの問題として把握していながら、しかし「恐らくは指摘されることはないだろう」という甘い認識で提出したのだ。
実際指摘を受けつつも(そしてしどろもどろに弁明しつつも)ほぼ修正せずそのまま動画化に進んでいるのだが、特にその点について指摘を受けたことは、ない。
なんというか、そういう計算高い手抜きだったわけだが、にわPは全く何の気負いもなく、ただ一人それを指摘してのけた。
これは只者ではない。
その瞬間から、事務の中でにわPが「IRCにいる人」から「物書きとして相当技量のある人」という認識に一足飛びにランクアップしたわけである。
当時まだまだStarting overの存在は知らなかったし、動画化もされていなかったのだが、後々事務はその認識がまだ不十分なくらいであったことを思い知ることになる。

まああまり褒めてばかりで信者のように思われるのは恐らくお互い不本意だろうと思うので、そこらもちょっと触れておきたい。
事務は、にわPの作品というのは高い文章力と豊富な語彙で構成されていると思う。
読んでいて心地よい文章であり、それゆえに読む人間をのめりこませる。
一方、シナリオの構成力はどうかというと、これは若干弱点かなと思うことがある。
「遠い音」の耳鳴り然り、「子供リロード」の子供返り然り、動画の中核となりえるアイデアが、文章の巧みさに隠され、埋没してしまっているようにも思う。
以前IRCで直接話したときに話題になったのだが、にわP曰く「長編シリーズは苦手」なのだそうだ。
ひとつのエピソードを物語として描くことは上手いのだが、どうもひとつひとつの話、そしてシーン単位が「そのため」に作られており、伏線を仕込むようなやり方はあまり得意ではないのではないかなと、事務は思っている。
もちろんそれを批判できるほど事務が上手く伏線を仕込めるのかというと、そうではないのだが……。
まあ、要するに尊敬はしていても、別に神聖視しているわけではないということ。

が、特別視はしている。
にわPを尊敬し、Starting overに敬意を表するが故に。
恐らくは、「だからこそ」、私はにわPに言わなければいけないことができてしまった。
それはまあ、多分彼にとっては結構失礼に当たるかもしれないことで、或いは困惑するであろうことで、「だからこそ」事務は覚悟を決めて言わなければいけないわけだが。
8月22日は、チームのオフ会。
もし万事が合うならば、にわPと初対面の日である。
その時は、きっととても拙い言葉になるのだろうが、私は覚悟を決めて伝えることになるだろう。

どんなことを言うつもりなのか、言ったのかは、オフ会が終わった後に、また書こうかなと思う。
もしもまだその時に私に勇気が残っていれば。
もしも私が恥ずかしさのあまり、日本海に沈んでしまっていなければ。
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